先日、久しぶりに同世代の知人に会った。
仕事で胃に穴があくほどストレスを抱えている上に、コロナでお給料がカット。辛い状況を語りながら、
「でも笑顔でいなくっちゃね。眉間のしわより、笑いじわ。心はボロボロでもそれを表に出したらおしまい。哀しみを表に見せるのはコドモのすること。それを内に秘めて表は笑顔でふるまうのが、オトナの女よね」
と笑顔を見せる。
でも目が笑っていない。まぶたがピクピクしてる。全身からもピリピリと切羽詰まった雰囲気が漂い、そうとう無理してるんだなと誰が見てもわかる。
そしてこう付け足した。
「そんな心意気が、女をキラキラ輝かせると思うの。悲しいことがある時、いつもこう思うことにしてる。この悲しみはいつか私をキラキラ輝かせてくれるイルミネーションになる、って」
そういえばこの人は前もこう言ってたな。「キラキラ輝いていたい」って。そりゃ、暗くくすんでいるよりは輝いてる方が美しい。でも彼女の場合、「キラキラ」強迫症候群じゃないの?
「キラキラ」強迫症候群、とは私がつけたネーミングだ。女性雑誌をめくると、よく見かけるのが「キラキラ輝く私になろう」な記事。ステキなファッションに身をつつみ、はじけるような笑顔でポーズを取るモデルの写真のそばに、これでもかと「キラキラ」関連コピーがついている。そこで私たちは洗脳される。キラキラって素晴らしい=キラキラにならなければ=今の私じゃだめだ=もっと頑張らなくちゃ!そして、ただでさえ頑張ってる女たちは「キラキラゴール」に向けて走り続ける。
そんな「キラキラ」な私をアピールすべく、Facebookやインスタといったアピールツールで発信していく。それを見て焦る「キラキラ」予備軍。私ももっと輝かなくちゃ!
ってなわけで、「キラキラ」になるための雑誌が売れ、服やアクセサリーが売れ、化粧品が売れ、ダイエットサプリが売れ・・「キラキラ作戦」は自分に自信がない女たちの不安を煽り、モノを買わせようとするマスコミや企業の悪だくみなのだ。そんな悪だくみにまんまと乗せられる女性の多いこと。
今でも充分ステキなのに、「私なんてまだまだ」と自分を卑下し、しなくてもいい頑張りを続ける。そしてもともとのステキさが消え、マスコミが作った「キラキラ」という似合わない服を着たおかしな姿になっている。そんな人をあちこちで見てきた。
よくあるのが、「キラキラ」な女性がリーダーの団体だ。恋も結婚も育児も仕事もお金も全部手に入れ、輝くような笑顔と美しい外見で「あなたも私のように輝いてみませんか?」と誘導してくる。よくよく見たらマルチビジネスの親玉だったり、怪しげな自己啓発系のセミナー社長だったり。だいたいサイトのトップページを見たら怪しい香りがプンプンするので、私は常にこう思っている。「キラキラアピールに要注意」。だから私はこういった人には絶対に近寄らない。
しかし「キラキラ」強迫症候群の女性たちには自分はカモになってるのがわからないみたいで、「みんなでランチトーク会しました」って写真で笑顔で写っている。まあ、自分がそれで幸せならいいけれど、くれぐれもカモにされて被害者にならないよう祈るのみだ。
で、お金がある人はまだいい。服や化粧品など、キラキラグッズを買えるからだ。しかし先日会った私の知人のようにお金に困っている人が「キラキラ」を目指そうとすると、もう自分を追い詰めていくしかない。
「私は外見を飾るものが買えない。だったら笑顔でいるしかない」
そう彼女も言っていたが、悲しいかなそんな思考になっていくのだ。確かに笑顔は大切だ。何倍も人を美しく、ステキに見せる。でも自然な笑顔ではなく、「キラキラ」でいなくちゃ、という強迫観念で無理に浮かべる笑顔は痛々しいだけだ。
もし同じ状況の方がいたら、こう言いたい。「キラキラ」なんか目指さなくていい。等身大のあなた、自然体のあなたが、実は一番輝いているのだ。そんなあなたが好きな人が周りにはいるのに、マスコミが作った「キラキラ」にならなければと追い立てられ、ステキなあなたをあなた自身が消そうとしている。だから心身にストレスが溜まるのだ。だって、ありのままの自分を否定し、違う誰かになろうとしているのだから。あなたがピリピリしていること、常に情緒不安定なこと、それは全部無意識からのメッセージ。「私を殺さないで」。そう、あなたはバカみたいな「キラキラ」に踊らされて、大切な自分を殺そうとしているのだ。
もう、「キラキラ」になるのはやめよう。本来のあなた自身のままでいよう。輝くとか輝かないとか、そんなことどうでもいい。結局それは他人の目を気にしているから、他人から「輝いてるように見られたい」と思うから。
つまり、自分を良く見せたいという願望がそうさせているのだが、残念ながら、他人は自分が願うようには見てくれないのだ。一生懸命輝いてるように見せてるつもりでも、「なんだか派手なオンナ」「うるさいヤツ」って思われる可能性だってある。さらに頭の良い人なら「マスコミに踊らされてバカな人だな」と思うかもしれない。さあ、これでもあなたは「キラキラ」を目指しますか?ストレスで心身を壊してまで、マルチビジネスのカモになってまで、頑張りを続けますか?本当のあなたの魅力や、大切な自分を殺すことになるかもしれないのに。
少なくとも私は「キラキラ」ではない。かと言って特段くすんでもいないだろう。でもそんなことどうでもいい。他人の目にどう写ろうが、私は私。この私が好き、と言ってくれる人がいてくれるから、その人たちのためにも私は無理せず自然体でいる。ありのままの自分でいられるって、なんて気楽で、自由なんだろう。
「キラキラ」という、マスコミが作った空虚な新幹線が高速で走っていくのを見ながら、今日も私はのどかな田園風景の中でこうつぶやく。
「ご苦労さーん」。
「キラキラ」を降りたら、田園に咲いてる素朴な野花に気がつくかもしれない。そんな日々はやがてあなたをじんわりと温かく満たしてくれるのに。そう思いながら。