「人生は戦場」だと思っていた。小さい頃からずっと。
人生は苦しいもの、他人は冷たいもの、世の中は厳しいもの、そんな教育を受けてきた。苦労するほどエライ。苦労した人は人間的に優れている。
でも60年近く生きてきて、苦労人を山ほど見てきたが、大半が「苦労させられた」と愚痴っているか、苦労させた人を恨んでいるか、幸せな他人を妬んでいるか。苦労したからエライ=立派な人、なんて公式が当てはまる人はほとんどいなかった。
苦労の果てに成功した人も知っているが、「苦労を乗り越えた俺スゲー!」って自慢話をうんざりするほど聞かされ、その人の部下にも同じ苦労を強要する。成長するためにお前も同じ苦しみを味わえ、と。
でも違う。あんなに苦しめられた鬱憤を誰かに晴らしたいだけなのだ。若い人は年配者から見れば楽しそうに見える。さほど責任もなく自由で若くて何でもできそうな可能性を秘めている。若さを失い、行動力も気力も下がり、青春時代を苦しみで過ごしてきたオヤジたちは、今の若い人たちに嫉妬心をぶつけたくて仕方ないのだ。だから教育と称して自分と同じ苦労をしろと強要する。そんなパワハラ上司がちょっと前までごまんといた。2020年の今も生息してないといいけれど。
話を戻すが、苦労した人がエライんじゃない。苦労だと思える苦しいことから、「これは何の学びだろう?この苦しみを将来何に生かせるだろう?」と考え、「私の将来の夢は起業することだから、この上司との苦しい人間関係は、起業した時のお客さんとのクレーム対応に使えるかもしれない。それに備えて上司を練習台にして勉強しよう」と前向きに行動できる人がエライんである。
つまり、どんな苦しみの中にでも「将来への道を照らすランプ」を見つけられる人。そういう苦しみの中から立ち上がる力をレジリエンスと言うらしいが、レジリエンスの高い人、苦しみに埋もれて夢を失ったりしない人がエライのだ。
私が見てきた苦労人はレジリエンスが弱かったのだろう。愚痴をこぼして同じような苦労仲間と傷を舐めあい、自分が不幸なのは誰かのせい、社会のせい。たとえそうだったとしても、そこから這い上がろうとはしなかった。中には鬱憤晴らしに誰かを苛め、幸せな人を妬み、足を引っ張る。なんて人間的に程度の低い人たちだろう。私はそんな人たちを見て「これが世の中だ」と信じていた。でも私が考えを変えた時。「こんな程度の低い世界にいたくない」と決意した時、将来へのランプをくれる人が現れだした。レジリエンスの高い人たちが。
苦しみとはアイデア一つで発明にもなる。「この苦しみは何の意味があるのだろう?」と問いかけることで、「将来何かに役立つかもしれない。だったら何に?」とクリエィティブに考えることで、自分の中で発明というべきアイデアが生まれる。さっき書いた「将来起業した時のクレーム対応の練習」もそうだ。
「これは何の意味があるのだろう?」という問いかけと、クリエィティブにその答えを探すこと、そして行動していくこと。そうすればレジリエンスを高め、あなたは苦労という泥臭い沼からヒョイと抜け出せる。はたから見たら苦労の中にいるかもしれない。でも見方を変えれば、あなたは将来の夢への階段を上っているのだ。苦労という言葉が悪い。あなたには似合わない。「チャレンジへの途中」と言い換えよう。成功へのチャレンジ途中には一見苦しいことがビュンビュン飛んでくる。でも全部神様からの千本ノックだ。「これを耐えたら最強の女社長になるぞ!がんばれー!」って神様があなたに向かってバットを振って球を送っている。そんな、一見苦労に見える千本ノックの球は、あなたへのギフトなのだ。あなたを強くし、大きな成功に導くための。
だから、苦労人になっちゃいけない。世の中は厳しいところ、人は冷たいものだなんて思っちゃいけない。そんな人は確かにいる。でもあなたの相手じゃない。あなたの相手は、あなたを大切にし、あなたを心から応援してくれる愛情豊かな人たちなのだ。
世の中は戦場なんかじゃない。本当は愛にあふれた所だ。それをレジリエンスが低く、苦しみをクリエィティブに楽しいアイデアに変換できない人たちが、苦しい場所にしてしまっているのだ。そんな人たちの言うことを信じないで。この世は愛に満ちていて、お互いの幸福を喜び、協力しあうWin-Winの世界なのだから。
賢いあなたならきっとそう思えるはず。そう思うことであなたの周りの世界が少しずつ変わってくる。「類は友を呼ぶ」ということわざ通り、この世は愛に満ちていると信じている愛情豊かな人たちが集まってくる。そうしてあなたの未来も変わっていく。あなたが望んでいる以上の素晴らしい未来へと。
どうか、苦労という泥沼に溺れないで。世の中を厳しい戦場のように思わないで。今あなたを苦しめている人は敵じゃない。あなたを強くしてくれる悪役なのだ。神様があなたを強くするために配置してくれたのだ。善人の役にしてもらえたかもしれないのに、わざわざ悪役に仕立てられて、嫌われて、何て可哀そうな人。そう思ったら「ご苦労さんね。ありがとう」の一言でも言いたくなる。
そんなユーモアと余裕を持とう。今は苦しいかもしれないけど、悪役さんとのお芝居を楽しもう。人生は壮大なる舞台だ。あなたの人生を悲劇にするか、逆転ホームランが待っているワクワクするようなサクセスストーリーにするか。すべてあなたのとらえ方次第。どうかあなたの人生が素晴らしいサクセスストーリーになりますように。